#お墓から見たニッポン 4-1「戦国一の美女~信…

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天文16年(1547)、信長の13歳離れた妹として織田家に生まれる。
「天下布武」を目指す兄の命で、永禄10年(1568)頃、浅井長政と政略結婚するが、浅井家と兄の対立から居城の小谷城は織田軍に攻められ落城。最愛の夫を亡くす。その後、兄の庇護の元、三人の娘、茶々(後の豊臣秀吉の側室・淀殿)、初、江(後に2代将軍 徳川秀忠の妻)と共に暮らすが、天正10年(1582)、「本能寺の変」で兄・信長が明智光秀の謀反により自害。織田家の今後を決める「清洲会議」を経て、娘三人を連れて柴田勝家に嫁ぐものの、翌年、勝家が賤ケ岳の戦いで羽柴秀吉に敗れ、再び城攻めを受け、今度は夫・勝家とともに自害。享年37。

戦国の女として浅井家の血を守り、そして信長の妹として潔いよい最期と遂げたお市の方。の覚悟はどういったものだったのだろうか…。